おかしづくり

 学校の無い退屈な日曜日。 俺はリビングのソファーでテレビを見ている。横では名雪が料理だかお菓子だかの本を見て楽しそうな顔をしている。

「ねぇ、祐一見て見て。イチゴのプリンだよ」
「あ〜そうか。それはすごいなぁ」
「……ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。イチゴのプリンだろ。俺にはそんなものどうでもいい」
「イチゴだよっ。イチゴを食べない人は人生の九割は損するんだよっ」

 冗談としか取れない言葉をまるで本当の事かのように言ってくる。こいつの恐ろしい所は今の話を 本気でそう思っているように見える所だ(本当に思ってるかもしれないが)。

「まぁ、イチゴジャンキーの戯言は無視して」
「うぅ、祐一がひどい事言ってる……」

 もちろんその言葉も無視する。

「真琴はどうしたんだ? 昼食べて部屋に戻ってから、一度も下りてきてないが」
「真琴? マンガ読んでるんじゃないの? 昨日部屋入ったらまたマンガ増えてたし」
「まーた買ってきたのか、あいつは。もらった金を肉まんとマンガ以外に使えんのか」

 片手を頭に当てながら言う。いい加減他の趣味とか作らないと、ダメダメな人間になってしまうぞ。 天野に説教でもしてもらおうか。あいつだったらこんな天気のいい日に外に出て、日光を存分に味わいながら 散歩をする心地よさを得々と語ってくれるかもしれない。はたまた、スーパーに赴いて、野菜の値段に一喜一憂する 面白さを講釈してくれるのかもしれない。それはそれで十代の若者には不健康な気がするが。
 そんな事を考えていると、ドタドタと階段を下りる音がして真琴がリビングに入ってきた。

「おう真琴、今お前を天野の家に説教に出そうか考えていたところだ」
「何で真琴が美汐の説教を受けなきゃいけないのよぅ」
「名雪から聞いたぞ。お前またマンガ買ったそうじゃないか。マンガと肉まんばかりじゃ不健康な体になるぞ。 だから天野の所に出そうかと……」
「美汐だって十分不健康じゃない。縁側でお茶すすって、自分の部屋でずっと読書ばかりしてるじゃないの」

 なかなか失礼なことを言う。俺も言ってるけど。

「そんなことよりも、ねぇ、ゆ〜いち〜」

 不自然なほど甘えた声を出して真琴が俺に寄ってくる。

「真琴と一緒にどっか遊びに行こうよぉ」
「ダメだ」
「なんでよぅ」
「どうせ、どこかで食い物奢って貰うって考えで言ってるんだろ。生憎俺はお前に奢るつもりなんてさらさら無いぞ」

 うっ、とうなった後いつもの顔に戻る。

「なによ! 祐一のケチ!」
「俺がお前に奢る道理が何処にある?」
「そんなものはどうでもいいのっ。真琴が食べたいんだから」

 はぁ、とため息を吐き頭を振る。ちらっと、何か言いたげな名雪の顔が見えた。

「ねぇ、真琴。私が奢ってあげようか」
「えっ!? べっ、別に名雪がそんなことしなくてもいいから!」
「でも真琴おなかすいてるみたいだし……」
「うっ、でもなんか悪いし」
「遠慮すること無いよ。私、真琴と一緒に遊びに行きたいな」
「でも……」

 そういったきり真琴が黙る。名雪もまだ何か言いたげだったが、言葉が見付からないのか黙っている。 少しの間、気まずい空気が流れる。名雪はちょっとだけ残念そうな顔をしているし、真琴はそれを申し訳なさそうに見ている。 ため息を吐いて、名雪が頭をがくりと下げる。視線の先にはさっき読んでたお菓子の本。

「そうだ! 真琴、一緒にお菓子作らない?」
「お菓子?」
「そう、イチゴムースとかイチゴプリンとか。イチゴのマシュマロなんかもあるよ〜」
「イチゴ以外のお菓子という選択肢は無いのか、お前は」

 すかさず突っ込みを入れる。

「で、どう? 作ってみない?」

 無視された。

「でも真琴、お菓子なんて作れないし……」
「私も最初はそうだったんだから。一生懸命練習すればおいしいものが作れるようになるよ」

 何とか一緒にお菓子を作ろうと説得する名雪。それに応えない真琴。そんな状況にもどかしさを覚えつい口を挟む。

「なんだ真琴、お菓子も作れないのか? 所詮貴様はマンガを読み、肉まんを貪り食うだけのガキだということだな」

 その言葉に反応して真琴が大声を出す。

「なによー! その言い方! 真琴にだってお菓子くらい作れるんだから」
「ならば今俺にお菓子を作って食わせてみろ。美味かったらマンガ一冊買ってやろう」
「本当に!? 見てなさいよ! 今度から真琴に頭が上がらなくなるくらい、美味しい物を作ってやるんだから!」
「なるほど、俺に毒を盛って二度と頭を上げられなくするつもりか。恐ろしいやつめ」
「そう言う意味じゃなーい! いいから、祐一はそこで待ってなさい」

 そう言いきると、俺に背を向け台所に向かう。途中でこっちを振り向いて。

「名雪! 頑張って祐一を驚かせるようなお菓子を作ろ!」
「え? ああ、うん……頑張ろうね真琴!」

 さっきまで蚊帳の外だった名雪がそう返し、ぱたぱたと小走りで真琴に随行する。

 ソファーから二人の全身を見ることは出来ないが、それでも二人が何をしているかぐらいは見ることが出来た。 どうやら二人はイチゴのプリンを作ってるようだった。本を読みながら、時々名雪が指示を出している。真琴はそれを 聞いて作業を始める。真琴が悪戦苦闘していると、名雪が手本を見せる。真琴は名雪の顔と、作業している手を交互にぽーっと見る。 そしてお菓子作りを再開する真琴、その顔は随分と楽しそうだった。

 一通り二人の作業を見た俺は、ソファーに横たわった。もう二人の姿を確認することはできないが、 真琴の驚いた声や、ちっとも驚いた様子のない名雪の声が聞こえてきたりする。

「なんだ。普通に姉妹やってるじゃないか……」

 自然と口からそんな言葉がこぼれてきた。楽しげな姉妹の声と泡立て器の音を子守唄に、俺はしばらくの間眠りに ついた。