「パソコン、ですか?」
「そう。知ってるか、天野。パソコン」
「私を何だと思っているのですか。それくらい知ってます」
学校から相沢さんの家への帰り道の途中、会話は真琴のことになった。どうやら真琴は最近パソコンにはまっているようで、
マンガも読まずにずっとパソコンのある部屋に入り浸っているらしい。
「今頃目が赤くなっているかもな。あいつ、ホント一日中パソコンの前に居るし」
「いったい何をしているんですか。そんなに長い間」
「知らん。横から覗こうとすると怒り出して部屋から追い出そうとするし」
「それは、普通怒るでしょう」
「いや、だって何見てるか聞いたら、どうせ『何、気になるの?』とかニヤニヤした顔で言うにきまってるんだから。
そんな奴から聞くのは嫌だ」
そうなのだろうか。まあ、真琴のことだから、相沢さんの前では少し意地悪になるのだろう。
そこまで考えて私はそうですね、と返事をした。
「しかし、久しぶりだな。天野が家に来るのは」
「そうですね」
本当に、久しぶりだ。三年生になってからずっと受験勉強で家にいたものだから、必然的にどこにも行かなくなった。
それは相沢さんの家も例外ではない。
気がつくともう相沢さんの家に着いていた。私より少し早めに歩いていた相沢さんが、ドアを開けて私を招いている。
私は少し早めに歩いて、相沢さん追い越し家の中に入った。
「お邪魔します」
広い玄関にその声はよく響いたが、返事は帰ってこなかった。
「あれ、みんな出かけているのか」
後ろから相沢さんの声が響く。玄関の靴を見て、秋子さんと名雪は出かけているのか、と相沢さんが呟く。
ということは、と言って相沢さんは廊下の奥のほうへと向かった。私は脱ぎ捨てて行った靴を揃えてから、
相沢さんの後を追った。
「やっぱりここか」
相沢さんの視線の先には、パソコンの向かっている真琴の姿があった。真剣な顔でパソコンの前にいる真琴は、
相沢さんの声に気づいていない。その事に感づいた相沢さんは、にやりと口の端を上げたあと、こっそりと
真琴に近づいていった。どうせ驚かすつもりなのだろう。
真後ろについた相沢さんは、いきなり真琴の肩をつかみ、大声で呼びかけた。
「まーーこーーーとーーーー!!」
「あうーーーーーーーーーーーーー !!!!」
「うおっ」
驚かせたつもりが逆に驚いてしまったようだ。しかし真琴の方もかなりびっくりしてる様で、荒く息を吐きながら、振り返って
相沢さんを見ている。
「なななな、なんで祐一がここにいるのよぅ!」
「なにいってる、ここは俺の家だろ。当たり前じゃないか。というかいきなり大声出すな。びっくりするだろ」
「ささ、先に大声出したのは祐一でしょ! そ、そうじゃなくて学校はどうしたのよぅ」
「終わった」
「終わったって。だからってなんで勝手にこの部屋に…」
「真琴、落ち着いて」
いつもはこういったやり取りは終わるまで放って置くのだけど、あまりにも真琴が取り乱しているので
少し落ち着かせる。頭を何度か撫でていたら少し落ち着いてきたようだ。
「大丈夫?」
「うん。ありがと、美汐」
「で、何を見ていたんだ? 真琴」
「あうーーー! ダメーーーー!!」
落ち着いたと思ったらまた取り乱した。どうやら相沢さんには見られたくないらしい。
先ほど相沢さんが考えていたような『何、気になるの?』なんて言う余裕は、とてもあるとは思えない。
「もう! 出てってよ! このノゾキ魔!」
「はぁ。まあ、用があるのは俺じゃなくて天野だからな。俺は二階で着替えてくるよ
「あれ? 美汐、いたの?」
さっきからずっといたし、「ありがと、美汐」とまで言ってたのに。まあ、それだけ取り乱していたって事なのだろう。
ええ、と答えて私はこの場を流した。
「なんでついて来るんだよ」
「祐一がちゃんと部屋に行くか見張るの!」
「なんだ? そんなにみられたくないのか? エロいホームページでも見てるのか?」
「そんなの見てないーーーー!」
叫びながら背中を押して、相沢さんを部屋の外へと追い出してしまった。残されたのは私一人。とりあえず真琴が戻ってくるまで
手近な椅子にでも座ることにした。
そんなに時間が経っている訳でもないのだけれど、どうにも人の家にいると長く感じてしまう。手持ち無沙汰になった私は、
きょろきょろと部屋を見回した。掛けている椅子の背後には、つけっ放しになっているパソコンがあった。
いったい何を見ていたんだろう?
どうやら真琴はまだ上にいるようだ。いけない事だと分かってはいるのだけれど、あれだけ必死に隠しているとやっぱり気になってしまう。
私は椅子を反転させてつけたままのパソコンを覗き見た。
〜相性占い〜 貴女と想い人との相性を診断します。
ああ、と私は納得する。確かにこれを見られるのは嫌だろう。相沢さんの方もこれを見てしまったら、
恥ずかしくなってなんとなく気まずくなってしまうだろう。あー、とか、うー、とか唸って恥ずかしそうに天井を見上げている
相沢さんを想像してしまって、私はほんの少し笑ってしまった。
改めて私はディスプレイを見た。結果が表示されていない。おそらく名前を入れている最中に話しかけられたのだろう。
そこには『相沢祐一』と『沢渡真琴』という文字が表示されていて、今か今かと結果が表示されるのを待っているようにも見えた。
その要望に応えるように私は結果表示のボタンを押した。
相性75% 十分な相性の良さです。
中々良い結果が表示される。この結果を真琴が見たらどんな反応をするのだろう。うれしそうにして、何度も結果を見続けるのだろうか。
それともまだまだだと思って、他の占いを探したりするのかもしれない。どちらにせよ、そんな風にして一喜一憂する真琴の
姿がなんともかわいらしく思えた。
ふと、私と相沢さんの相性はどの程度なのだろう、という考えがよぎる。なに考えてるのだろう。私と相沢さんはそんな関係でもないし、
私も別に相沢さんのことが……えっと…と、とにかくそんな風には思っていない。だったら占いなんてする必要ないじゃないか。
でも、一度考えてしまうと止まらなくなっていく。そうだ私には相沢さん以外、男の人の知り合いなんていない。だから
相沢さんが浮かんできたのだ。ただ、なんとなく占いがしたくなって、それでめぼしい人が一人しかいないから、それで。
そこまで考えて、私は人差し指でキーボードを押し、『沢渡真琴』の文字を消し、『天野美汐』と文字を打ち込んだ。
並んで表示される二人の名前。こうして見ると、まるで恋人同士で調べているようにも見える。いや、だから違うのだけど。
相性70% 十分な相性の良さです。
いろいろ考えているうちに、結果が表示されていた。コメントは真琴と同じものだけど、若干私の方が相性が悪い。
それを見て私は少し強めに机を爪で叩いた。
そこでふと気付く。自分が少し不快を覚えている事に。
でも、さっき考えたように別に私は相沢さんの事を特別な風には思っていない。だから、悔しがる必要なんてない。
本当にそう思ってる?
ふと思い返す。家に向かう道。隣には相沢さん。本当に久しぶりだった。
あの時の懐かしい気持ちをいつまでも胸に留めていられれば、と思う。
そう、この気持ちはきっと。
そこまで考えていると、真琴が部屋に戻ってきた。
「ただいまー、ごめんね美汐。あんなのに構っちゃって」
いえ、と返してから真琴を見つめる。その視線に気付いて真琴は不思議そうな顔をする。
「真琴」
「ん、何?」
「お手柔らかにお願いしますね」
「はぁ?」
ますます訳が分からない、といった顔で私を見つめ返す真琴。いいんだ。今はまだこれで。
自分にだけ分かる宣戦布告をした後で、また相沢さんのことを考える。
今度からはどんな態度で接しようかな、なんて。